ロボカップ発起メンバー松原仁教授に聞く、ロボティクス業界で起きたブレイクスルー
私たちの生活は、ロボットの発達によって大きな変化を遂げてきました。特に工場での産業ロボットや医療ロボットなどは、現場の人手不足や効率化に貢献してきました。
このロボティクス技術の発展を支えているのが、昨今成長が目覚ましい人工知能(AI)です。
人工知能学会元会長であり、日本の人工知能・ロボット業界を牽引した一人である松原仁教授は現在の状況をどのように捉えているのか。業界で起きたブレイクスルーや課題から、人間がロボットとどう付き合っていくべきかを前・後編にわたって伺いました。
*松原教授にはON&BOARD TIMESの運営元のベンチャーキャピタル、ON&BOARDのTechnology Advisorを務めていただいています。
目次
- AI、ロボットの研究は趣味がきっかけ
- SFの世界から革命が起きた
- ロボット業界にブレイクスルーを起こした技術
趣味がきっかけでAIの研究をすることに
—松原先生は一貫して人工知能やロボットの研究を行ってきました。ロボット研究に携わったきっかけはどのようなものだったのでしょうか?
松原仁教授(以下、松原):将棋が趣味だったこともあって、将棋のプログラミングに取り組んだのが始まりです。そういったゲームを題材としたものや、そうでないものも含め、さまざまなプログラミングに取り組んできて、大学院ではロボットの研究室に行きました。
ロボットは「画像認識をしなさい」という抽象的な命令から、「この部品を使ってアーチ型の構造物を組み立てなさい」という具体的な命令まで、複数のプログラミング言語によって、動作やタスクを精密に制御しています。
そうしたロボット言語をきっかけに幅広くAI分野で研究をするようになりました。
単に研究に取り組むのではなく、実際に社会で役に立つ技術であるのかも重要です。
例えば、複数のAIが協調しながら作業を行うマルチエージェントシステムという技術をもとにロボカップというサッカー大会を立ち上げました(*現在、ロボカップは世界約40カ国からチームが集まる世界大会も開催されています)。
すでにオフェンスがディフェンスに対してフェイントをかけると、それに引っかかったり、宙に浮いたシュートを打てるようになるなど、かなりレベルが上がってきています。オフェンスがこっちに行こうと思っているという意図を読み取ってそっちに動いてしまう、ということですから。また、宙に浮いたシュートも打てるようになっています。
ここで培った技術を応用して、効率的な配車システムを実現するライドシェア企業、未来シェアという企業を立ち上げました。
その他にも生成AIが盛んになる前から、AIに小説や脚本、漫画などを生成させる研究にも取り組んできました。
SFの世界から革命が起きた
—ロボットの研究を進められるにあたり、どのような課題に直面されたのでしょうか
松原:長年、ロボットはSFだ、絵空事だ、などと言われてきて、学問においてロボットという用語を使ってはいけませんでした。ロボットという言葉を使わなくても、「腕の操作」や「歩行」などと説明ができたわけですよね。
そして、僕が修士の学生だった1983年頃に、ようやくロボット学会ができたことで、初めてロボットが学問の対象として認められました。
ロボットというのは、手であろうと足であろうと、人間が動かさなくても自律的に動く機械のことを指します。それまでの機械や洗濯機、炊飯器はロボットと言いません。
つまり、単に機械として作動するだけでなく、動くときに障害物を避けたり、人間が予期しない動作をいかに防ぐのかが重要になるわけです。
ロボットに搭載するAIはソフトウェアです。大量の訓練データが必要ですが、あえて学習過程で間違いを起こさせて、それを修正することで正しい知識や判断を身につけるということができます。
一方で、ロボットは実世界の物理環境で動作するため、多様な状況に遭遇します。学習させようと思って、1万回指示をするとしょっちゅう転んだり、変な方向に動いて壊れたりしてしまいます。
なので、あらかじめコンピュータ上で十分に学習させた結果をロボットに送り込む必要があるのですが、昔は計算資源が不足していたため、そもそも十分なシミュレーションをすることができませんでした。コンピュータ上では上手く動くけど、ロボットは上手く動かないということが頻繁にあったわけです。
—そうした状況から、ロボット業界に革命が起きたのですね。
松原:はい。ここ10年ほどでシミュレーションの世界と実機(ロボット)の世界を結びつける研究が盛んになりました。他の分野ではデジタルツインと言われてるようなことだと思います。
その技術が随分進歩したので、シミュレーションだけでなく、実機でも上手く動くようになってきました。まだ完璧なところまでは程遠いとは思いますが。
ロボット業界にブレイクスルーを起こした技術と現在の課題
—ロボット業界にブレイクスルーを起こしたのは具体的にどういった技術だったのでしょうか
松原:まずは計算パワーが大幅に上がってきたこと。それと、機械学習やディープラーニングのような、強化学習の手法が洗練されてきたことが挙げられると思います。
人間にすごい数の関節があるようにロボットも動作させるためのパラメータ(ロボットの性能を決める変数)の数がとても多いんですね。単純そうな動作をするときでも、たくさんのパラメータを調整しなければならないんです。
それは従来のシミュレーションやAIの技術では難しかったのですが、ディープラーニングを用いることで大規模ネットワークを調整できるようになった上、計算パワーが向上したことで実現できるようになったんです。
—AI、計算技術が発展した中で、現在のロボットの課題はどこにあるのでしょうか
松原:バッテリーの問題です。当然ながら、バッテリーはなるべく軽くて、長寿命である必要があります。
今の時代、パソコンは電源を繋いでいなくても6時間とか10時間とか動くので、フル充電だと夕方くらいまでは充電しなくても持ちますよね。我々はロボットにもそういう状況を望みます。
例えば、年始に能登半島で大地震がありました。
現場で災害救助ロボットに活動させたいと思っても、そもそも大規模停電が発生しているので、充電環境を確保することが難しいわけです。そういった場所に1時間に1回充電が必要で、重たいロボットを持っても何の意味もないわけです。
なので、バッテリーの長寿命化、軽量化ができると、ロボット業界はさらに革新的な展開を迎えることでしょう。
私たちがこれからも試行錯誤しながら、技術開発に取り組むことで、災害現場の第一線でもロボットを活用して、人間が安全かつ、効率的に救助作業を行えるようになるのです。
愛知県出身。東京大学薬学部卒業。在学中は、株式会社ナガセで教育コンサル、株式会社mediLabでエンジニアとして処方箋読み取りサービスに携わったのち、ベンチャーキャピタルでソーシング、経営支援等を経験。その後、大企業コンサルに従事したのち、ON&BOARDを共同創業。
世界レベルのAI機関『Beyond AI 研究推進機構』のメンバーとして基幹テーマを牽引(研究リーダー池谷裕二教授)。神経科学や人工知能の研究実績あり。日本神経科学学会、日本薬理学会、Society for Neuroscience会員。
【研究実績】
・人の目では判断が極めて困難な海馬CA2野の機械学習を用いた同定に世界で初めて成功(Takeuchi et al., Front. Neuroanat, 2023、第46回日本神経科学大会(仙台))
・眠気に応じて室内照度をリアルタイム調整するBrain Machine Interfaceの開発に世界で初めて成功、学会発表 (Society for Neuroscience 2023 (Washington, D.C.))
その他、概日リズム研究実績 (Ogasawara et al., Sci. Rep. , 2024)、学会発表多数。学生優秀発表賞及びBan平井(大越)貞子基金研究奨励賞など。