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AI研究の第一人者、松原仁教授が見据えるロボット×AIの未来

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竹内 悠貴/Yuki Takeuchi
BY Yuki Takeuchi

ロボットは我々の生活を大きく変化させてきました。

前編の記事では、日本のロボット業界を牽引した一人である松原仁教授に、ロボティクス技術に起こったブレイクスルーと現在の課題について伺いました。

後編の本記事では、松原教授に今後ロボットは我々の生活をどのように変えていくのか、ロボットとどのように向き合っていくべきなのかについて、伺いました。

*松原教授にはON&BOARD TIMESの運営元のベンチャーキャピタル、ON&BOARDのTechnology Advisorを務めていただいています。

目次

  • 今後数年、数十年でロボットが変える世界
  • ロボットの技術が発展しても人間が関わり続ける分野
  • 我々はAIに期待しすぎている
  • ロボットとどのように付き合っていくべきか

今後数年、数十年でロボットが変える世界

—今後、ロボットは私たちの生活にどのような影響を与えると思いますか?

松原仁教授(以下、松原):今後数年では、介護業界での需要がさらに高まると思います。

今でも人間がパワースーツを着て、ベッドから起き上がったり、入浴することを介助することが行われていますが、それが徐々にロボットに置き換わっていくと思います。

やはり介護される人は介護スタッフに気を使いますよね。ロボットだと、気兼ねなくサポートをしてもらうことができますし、AIがかなり進歩したことで、話し相手にもなってくれる時代が来るでしょう。

10〜20年先では、医師の手術支援ロボットのさらなる発展にも期待ができます。

すでに米Intuitive Surgical(インテュイティブ・サージカル)が開発する手術支援ロボット「ダヴィンチ」を使うと、医師は患者の立体画像を見ながら、患者に触れることなく、遠隔で手術をすることができます。

現時点ではロボットがまだまだ高価であることや、空間認識能力が低いことが課題ですが、徐々に技術が進歩しています。今後は専門の医師にしかできなかった手術をロボットが行ったり、過疎地などで活躍するシーンが増加していくのではないでしょうか。

手術支援ロボット「ダヴィンチ」が活用されている様子

Wikimedia Commons/Marcy Sanchez

ロボットの技術が発展しても人間が関わり続ける分野

—ロボットがあらゆるシーンで活躍する機会が増える中、今後も人が関わり続ける分野はあるのでしょうか?

松原:多くのシーンにおいて、人間が行う作業をAIやロボットが行うようになると、疲れや錯覚によるミスはなくなるはずです。

例えば、医療現場では、すでにAIが全身のデータ、顔色、歩き方などを見て、このような病気が疑われるのではないか、と医師の支援をすることはかなりの精度でできるようになっています。

技術発展により、医療現場での利用シーンが広がることで、診療報酬の点数制度が徐々に見直されています。これにより、数十年後にはこれらの技術が広く一般化し、普及するのではないかと思っています。

ただし、医療現場における最終的な責任は、人間が取る必要がありますよね。

幼児教育においても見守りロボットは普及すると思いますが、ロボットが代替することは難しいのではないでしょうか。

小さい子供は人間としての教育、人間同士のコミュニケーションを学ぶことが重要です。

マナー1つ1つはロボットが代わりに教えることができても、相手が人間でないと体験できないことがありますよね。

Unsplash/Andy Kelly

逆に大学教員をやっていると、高等教育はAIで代替できる可能性が高いと感じています。

講義の内容や学生の質問に即座に対応する技術が進化すると、教育の質を維持しながら、教員は対話などのより創造的なことに集中することができます。AI研究者同士では、「将来の自分の仕事はAIが奪っているだろう」とよくジョークを言い合っています(笑)。

世の中には手先が器用な人、専門家だからこそできる仕事がたくさんあります。

AIやロボットでは技術的な面でもそうですが、「コストに見合う価値があるのか」ということも重要な論点ですね。

我々はAIに期待しすぎている

—AIの技術が進歩してもさまざまなリスクと直面し続けており、その責任問題は課題になっています。

松原:そもそも我々は最近のAIに期待しすぎています。

例えば、医師の診断は、患者が適切に理解しづらいように専門家の経験や感覚に基づく分野が存在します。このように複雑で高度な専門知識が求められる場面では、技術の限界も存在します。

人間でも常に判断の誤りや、過失の可能性を抱えています。これと同じように、ロボットが誤作動する可能性などを限りなくゼロに近づけることはできても完全に防ぐことは、今後さらに技術が発展しても進んでも難しいと思います。

少なくとも人間よりはミスを犯す可能性が低いレベルまでは技術発展を目指すべきだと思っています。

ー前編でロボットを使って行うサッカー大会「ロボカップ」を立ち上げられた話を伺いました。ロボカップの運営から得られたロボットの課題についても教えてください。

ロボカップは単なるサッカー遊びでもありますが、この遊びから階段から落ちたり、人と接触したときにロボットが致命的な故障を起こさない技術の開発につながるわけです。

走るだけのロボットというのは世の中で開発されているのですが、ドリブルしながら走るというのはまだ十分ではありません。バランスを取らなければいけないですからね。

一番難しいのはジャンプです。これもジャンプだけをするロボットはできるんですが、サッカーだと真上だけではなくて、斜め上にもタイミングを合わせてジャンプして、着地をしなければなりません。

加えて、接触プレーの後に立ち上がって再び動き始めることも必要ですが、現時点ではそれらに耐えうるほどロボットは強くはありません。

Wikimedia Commons/Ralf Roletschek

また、相手に過度に傷をつけないようなロボット、筋力に相当するもの、バッテリーの長寿命化、軽量化など、まだまだ改善余地があります。

そういったロボカップでの試行錯誤を経て、完成したロボットは、日常生活でも使ってもらえるシーンが増加するでしょう。

ロボットとどのように付き合っていくべきか

—今後、我々はロボットとどのように付き合っていくべきでしょうか?

松原:ロボットの「自立性」とは、人間が抽象的に指示をしても、それを具体的なことに変換する能力だと思います。

例えば、工場でロボットに、「これを作るためになるべく生産性の高い方法を考えなさい」と指示したら、様々な条件をもとにロボットが自らラインを組んで、こう作るのが生産性が高い、と判断することを、自立的なロボットだと言うことができます。

そういった意味で、ロボットをコントロールし、最終的な判断を下すのはあくまで人間。ロボットが生産性を5倍向上させるラインを組んで、作業をした場合の報酬は、AIやロボットではなく、それを指示した人間のものです。

もちろん報酬など、プラスのことだけでなく、何かトラブルが発生したときの責任も人間が負うという点で、これまで以上に人間の責任に対する考え方が重要になってくるのではないでしょうか。

—逆に、ロボットに責任を取らせるという動きはないのでしょうか。

松原:疑似的にロボットを人だと捉え、責任を取らせることは議論されています。

しかし、人間には罰金や懲役、最悪の場合は死刑など、色々な罰があるわけですが、AIやロボットに対してそのような懲罰が適切なのかという論点があります。

仮にロボットを破壊して動かないようにしたら、被害を受けた人の被害者心理は収まるかもしれませんが、ロボットに対して懲罰になっているわけではなく、ロボットを管理している人が経済的な損失を負うだけですよね。AIもそうです。

こうした議論には哲学者やAI研究者なども入っていますが、なかなか結論が出ない難しい問題です。個人的には、結局は人間が責任をとることに帰結すると思っています。

—最後に、ロボットやAIに対して、このような動きがあったらよりよい方向に進むのではないか、と思う部分はありますか?

松原:最近の生成AIブームは、性能はすごいけれど、著作権や個人情報保護、誤情報の問題など、さまざまな課題があるので、法整備が必要だと思います。

また、AIの開発者はトレーニングデータの提供者に対して、報いるべきだと思います。

例えば、100万件のデータがあって、それを使う時に100万人に許可を得て、100万人に少しずつお金払う、というのは事実上不可能なわけですよね。

一部の地域では、そのように全てのデータ利用を許可制にしようとしている事例があります事実上、生成AIのシステムを作ってはいけませんということで、技術の進歩を阻害してしまいます。そのあたりの実効的なルールは作らないといけないと思います。

今や、自動車は生活に欠かせませんが、日本だけでも毎年2000〜3000人ほどが亡くなっているので、危険な道具なわけですよね。それでもメリットがデメリットを大きく上回ると誰もが思っているから、免許制度などを整備して、車に乗っているわけです。

AIやロボットにおいてもこれからさらに技術進歩していくので、それが悪用されたり、問題が発生したりします。落とし所は難しいですが、法整備を含めて、社会がそのあたりの問題をどこまで許容するのかが重要なポイントではないでしょうか。

竹内 悠貴

Yuki Takeuchi

ON&BOARD Tech Executive

愛知県出身。東京大学薬学部卒業。在学中は、株式会社ナガセで教育コンサル、株式会社mediLabでエンジニアとして処方箋読み取りサービスに携わったのち、ベンチャーキャピタルでソーシング、経営支援等を経験。その後、大企業コンサルに従事したのち、ON&BOARDを共同創業。

世界レベルのAI機関『Beyond AI 研究推進機構』のメンバーとして基幹テーマを牽引(研究リーダー池谷裕二教授)。神経科学や人工知能の研究実績あり。日本神経科学学会、日本薬理学会、Society for Neuroscience会員。

【研究実績】
・人の目では判断が極めて困難な海馬CA2野の機械学習を用いた同定に世界で初めて成功(Takeuchi et al., Front. Neuroanat, 2023、第46回日本神経科学大会(仙台))
・眠気に応じて室内照度をリアルタイム調整するBrain Machine Interfaceの開発に世界で初めて成功、学会発表 (Society for Neuroscience 2023 (Washington, D.C.))
その他、概日リズム研究実績 (Ogasawara et al., Sci. Rep. , 2024)、学会発表多数。学生優秀発表賞及びBan平井(大越)貞子基金研究奨励賞など。

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