スタートアップのオフィス戦略─落とし穴と“営業資産”としての活用術─

スタートアップにとって、オフィスは重い固定費の負担にもなれば、営業や採用を支える強力な資産にもなります。
契約形態に潜む落とし穴や初期費用の重さをどう乗り越えるか、そして営業資産としてどう活用するか。その判断は企業成長を大きく左右します。
本記事では、契約・営業・働き方という3つの視点から、スタートアップのオフィス戦略を考えます。
目次
・契約形態に潜む落とし穴
・“営業資産”として活用する
・オフィス選びは経営判断そのもの
契約形態に潜む落とし穴
スタートアップがオフィスを構える際、最初に直面するのが「固定費の重さ」です。見落とされがちですが、この固定費は事業のキャッシュフローに直接的なインパクトを与えるとともに、事業計画の柔軟性を奪いかねません。
・長期契約の制約
一般的にオフィスは2〜3年契約が主流であり、契約期間中に組織規模を柔軟に変更するのは難しいのが現実です。採用計画が想定より進んで人員が急拡大した場合、すぐに拡張できず、逆に計画が遅れれば固定費が重くのしかかります。柔軟性を欠いたオフィス契約は、攻めの一手を打つべきタイミングで制約となり得ます。
・初期費用
敷金・礼金・保証金といった初期費用も軽視できません。法人契約では個人契約よりも高額になるケースが多く、まとまった現金が事業投資ではなく不動産契約に縛られてしまいます。
近年は「フリーレント(一定期間賃料が免除される仕組み)」を提供する物件も増えており、初期費用を抑える観点では魅力的です。しかし、契約内容の確認は欠かせません。契約期間を満了前に解約すると、フリーレントで免除された賃料分の返還や違約金を求められることがあります。また、解約予告期間が通常より長く設定されたり、原状回復や保証金返還の条件が厳しくなるなど、結局割高になったという事例も少なくありません。事業計画のスケジュールとオフィスの契約期間を整合させておくことも重要です。

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さらに、デスクや椅子、ネット回線、複合機といった什器・インフラの整備も忘れてはならない初期費用です。そのため、数十人規模に到達するまでは、家具・インフラ込みで利用できるシェアオフィスや、人数課金型で柔軟に解約可能なコワーキングスペースを活用するのも良いでしょう。
初期費用を極力抑え、資金をプロダクト開発や採用に振り向けることで、限られたリソースを成長に直結させることができます。さらに、成長段階に応じてオフィス形態を段階的にアップデートすることで、キャッシュフローを守りつつ、規模変化にもスムーズに対応できるでしょう。
“営業資産”として活用する
オフィスは単なる作業場所にとどまらず、「営業資産」としても大きな役割を果たします。
たとえば、営業チームにとっては出社することで、顧客から得られた声をリアルタイムで共有し、チーム全体で知見を共有・蓄積することで成果につながりやすい側面があります。一方で、エンジニアのようにリモートワークの方が生産性が高くなるなど、職種によって最適な働き方は異なるため、特性を踏まえた柔軟な働き方の設計が理想といえるでしょう。
また、事業モデルによってもオフィスへの考え方は変わります。特にBtoBで高単価商材を扱う企業にとっては、信頼性が営業の決め手となることが少なくありません。例えば、あるスタートアップは都内一等地にオフィスを移転し、商談中の企業の決裁者をオフィスに招くことで契約成立率が大幅に向上しました。オフィスの立地や社風が、顧客に安心感やブランド力を伝える「営業の武器」となった好例です。

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とはいえ、創業間もないスタートアップがいきなり一等地に拠点を構えるのは現実的ではありません。そこで検討すべきなのが、大手不動産会社によるスタートアップ支援です。一等地でスタートアップ向けにシェアオフィスの提供や、イベントスペースの活用支援などを行っています。こうした制度をうまく活用すれば、コストを抑えながらも営業資産としてのオフィス効果を享受することが可能になります。
オフィス選びは経営判断そのもの
出社か、リモートか、あるいはハイブリッドか──。働き方の方針は、できるだけ早い段階で明確にしておくことが重要です。後から方針転換すると社員の不満や離職を招くリスクがあり、採用活動にも影響しかねません。「出社前提なのか」「オンライン前提なのか」をあらかじめ示し、それに合った人材を採用することが組織の安定につながります。
創業初期は完全出社型にすることで、コミュニケーションや意思決定を加速させ、スピーディに事業を立ち上げやすいかもしれません。一方で、成長フェーズに入ると「リモートでも働ける環境」が採用の優位性となる場合もあります。働き方の設計は、事業のステージや採用戦略と密接に結びついており、組織文化を左右する繊細な経営判断そのものです。
オフィスは重い固定費の負担にもなり得ますが、営業や採用を支える強力な武器にもなります。だからこそ、自社のフェーズやチーム構成を見極めたうえで、「どう活用するか」から逆算して戦略を描くことが重要です。
ON&BOARD TIMES編集部
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