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スタートアップに広がるロールアップ戦略──成功の分岐点となる論点

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BY ON&BOARD TIMES編集部

スタートアップに広がるロールアップ戦略──成功の分岐点となる論点

スタートアップの成長戦略が多様化し、単一の打ち手では伸びきれない局面が増える中で、ロールアップ戦略への関心が高まっています。買収・統合によって事業領域を広げ、機能や顧客価値を複合的に積み上げるアプローチです。

ただし、その実行には多くの変数が絡みます。金利環境や資本構成の最適化、統合後の成長ストーリーの整合性など、成功の条件は非常に複雑です。

本記事では、ロールアップを次の成長戦略として検討する上での論点を整理していきます。

目次

・消耗戦を避けて優位を築く

・ロールアップ戦略の実行において注意したいこと

・M&Aを成功に導くためのデューデリデンス

・ロールアップ戦略を成功させるために

消耗戦を避けて優位を築く

ロールアップ戦略が注目されるのは、競争が激化する中で広告投資による体力勝負を避けつつ、市場シェアと成長スピードの双方を高められるためです。近接領域の小規模プレーヤーを買収・統合することで、自社だけでは時間のかかる事業拡大を短期間で実現できます。

統合後は、経理・人事・営業などの共通業務をまとめることでコストを削減し、規模の経済を働かせることができます。また、各社の強みを掛け合わせるシナジーにより、新しい価値の創出や顧客体験の向上が狙えるほか、複数のサービス・顧客基盤を束ねることでクロスセルが促しやすくなり、顧客単価の向上も期待できます。

ロールアップ戦略の本質は、単独の成長では到達しにくい規模・シェア・効率を、M&Aを通じて短期間で実現できる点にあります。市場での存在感を一気に高めつつ収益構造を強化できるため、成熟した市場や分散した市場においては有力な手段となりえます。

ロールアップ戦略の実行において注意したいこと

ロールアップ戦略の可否と実行方法は、金利環境と資本構成によって大きく左右されます。

低金利期のM&Aにおいてはデット(借入)を活用する余地がありますが、金利上昇局面では、デット調達のコストや返済負担が増すため、借入によるM&Aが進めづらくなります。その結果、エクイティ調達が主軸になりますが、その分だけ希薄化が進み、将来の戦略オプションが減るというトレードオフが生まれます。

そして最も重要なのは、買収後にどのような成長ストーリーを描き、どの順序で実現していくのかという「統合後の設計図」です。単に企業を束ねるだけでなく、統合によって価値がどのように積み上がるのかを具体的に示すことが、成功の可否を左右します。

>Unsplash/Vardan Papikyan

統合には大きく2つの方向性があります。

・縦方向の統合:調達・製造・運用を垂直につなぎ、原価低減、供給能力の強化、品質の安定化を実現する。

・横方向の統合:近接する機能や顧客基盤を取り込み、課題解決の幅を広げながら市場シェアを拡大する。

縦と横のどちらを強化するかは市場環境や自社の強みに応じて異なりますが、両者を組み合わせることでロールアップは初めて「再現性のある成長モデル」として機能します

M&Aを成功に導くためのデューデリデンス

M&A後の統合(PMI)を成功させるうえで、M&A前のデューデリジェンス(適正評価手続き)は最重要工程の1つです。特にロールアップでは、買収価格の妥当性だけでなく、統合後にどれだけ価値を創出できるのかを精査することが欠かせません。具体的には以下のようなポイントを、どこまで具体化できるかが成否を分けます。

1. 単価上昇の根拠
統合によって顧客単価や継続率がどのように改善するのか、その因果と裏付け。クロスセルの余地や価格改定の実現性も含む。

2. 間接コスト削減
管理部門や共通インフラの統合によって、どれだけ固定費を削減できるのか。実際のオペレーション移管に必要な工数や期間。

3. データ統合可能性
顧客データやプロダクトデータを統合できるのか、技術面・法務面の両方から検証し、基幹システムの互換性や移行コストも含めて実行可能な計画に落とし込めるか。

4. 統合(PMI)計画
統合後の組織、業務フロー、システムをどう設計し、初動の90日で何を完了させるのか。

5. 独占禁止法への対応
市場寡占とみなされるリスクの有無、その際にどの市場定義で正当化できるか。事前に整理する必要。

>Unsplash/Frank An

ロールアップ戦略を成功させるために

ロールアップ戦略は、単に買収を重ねて規模を大きくするだけではありません。個別の打ち手では到達しにくい規模・シェア・供給力を、複数の事業を束ねることで短期間に一体化し、構造的な競争優位へと転換する発想です。市場でのポジションを根本から変えてしまう戦略とも言えるでしょう。

資本構成、統合後の成長ストーリー、そして共通基盤の設計。この3つが噛み合うことで、ロールアップは初めて再現性のある成長モデルとして機能します。

成長の難易度が高まるなかで、事業を再構築し、価値が継続的に積み上がる体制を整えられる企業は、市場における持続的な優位を確立しやすくなります。ロールアップは、そのような構造を再設計する成長戦略として、今後ますます有力な選択肢となっていくはずです。