スタートアップが致命的な失敗を避けるためのリスク&法律入門(特別対談)
スタートアップが成長してIPOやM&Aを実現するまでの過程には多くのリスクが待ち構えています。セクハラ・パワハラ・反社会的勢力との関わりなど、一度でIPOへの道のりが困難になるような事項も多く存在します。
そうした致命的な失敗を避けるために、起業家が理解しておきたいリスクと法律について紹介します。
*本記事は『ストーリーでわかる 起業家のためのリスク&法律入門――致命的な失敗を避けるための26話』の出版記念対談(ON&BOARD代表の下平将人、三浦法律事務所パートナー弁護士 尾西祥平氏、ダイヤモンド社書籍編集長の横田大樹氏)の内容をもとに再編集しています。
目次
- スタートアップは早めに法務組織を構築すべき
- 起業家なら絶対に知っておきたい創業者間契約と優先株式
- 事業展開において注意したい法律
- IPOに向けた内部統制への対応
スタートアップは早めに法務組織を構築すべき
三浦法律事務所パートナー弁護士 尾西 祥平氏(以下、尾西):そもそもスタートアップはどの法律事務所に相談・依頼をするべきかという話ですが、最近では創業間もない段階から大手法律事務所などに依頼している企業が増えてきていますね。
昔に比べると、スタートアップも多くの選択肢の中から自分たちに合う法律事務所を選べるようになってきたのではないでしょうか。
一方で、スタートアップ側のニーズとしては、70~80点の回答でもよいから幅広くスピード感のある対応をして欲しいと思っていても、弁護士側が、M&Aや特許など自分の専門分野では100点の回答ができるけれど、それ以外の分野はわかりませんということもあるので、そこにはギャップが生じていると思います。
また、クライアントからは法務組織をどのように作っていけば良いか、1人目の法務担当者はどういう人を採用すべきかという相談を受けます。
現在の転職市場では弁護士資格を持っている候補者の方が優位な立場にいるので、弁護士にこだわるとうまく採用できない企業も多いと思います。どのような法務組織にしたいかを早めに考えておくと、適切なタイミングで適切な人と出会える可能性は高くなると思いますね。
ON&BOARD代表下平将人(以下、下平):スタートアップ企業からSlackに招待されて時間があるときにSlackで当社の情報を見て、何か気になることあればアドバイスくださいっていうコミュニケーションもあるのかなと思いますが、それについてはどう思われますか?
尾西:たしかにSlackに招待するから事業の進捗等について時間があるときに見ておいて欲しいと言われることは多いです。
ただ、案件が増えてくれば細かなことまで見ることができない可能性が高いので、明確にどういった点を確認して欲しいのかを伝える方がいいと思います。
起業家なら絶対に知っておきたい創業者間契約と優先株式
ダイヤモンド社 横田 大樹氏(以下、横田)-スタートアップの創業者で一番身近で直面しやすいリスクは資金調達の際だと思います。最近では創業者間契約を巻かないで失敗したという事例も徐々に広まっているように感じています。
尾西さん、そのあたりの変化はどう感じていますか?
尾西:設立のタイミングで相談してくれる起業家の場合、ほとんどは「創業者間契約は締結した方が良いですよね」という話が出るようになってきています。まさに常識と考える起業家が増えてきている印象ですね。
下平:ベンチャーキャピタル(VC)の視点でも創業者間契約を結んでいるのかは非常に気になる部分です。
創業期のスタートアップでは、給与を十分に支払う余裕がないことも多く、創業メンバーには株式を付与するケースが頻繁にあります。しかし、私の感覚では創業時のメンバーでIPOまで残るのは10%ほどです。
なので、株式の買い戻しができるよう創業者間契約を結んでおくことは重要だと思いますね。
株式を保有している社員が売却せずに退職をした場合、他の社員との間でハレーションが起きる可能性があります。また、VCに投資をしてもらうときにも退職者が株式を保有していると、株式を買い取ることが投資の条件とされ、資金調達ができなくなるリスクもありますね。
横田:では、資金調達の実務にテーマを移しましょう。もちろん起業家の方は事業のスペシャリストですが、ストックオプションを理解せずに発行していたり、契約書の内容を理解せずにサインしていることもあるのではないでしょうか。
下平:優先株式はスタートアップにも投資家にもメリットがあるため、資金調達の手段として使われやすい一方で、真に理解している人はそれほど多くない印象です。M&A時の優先残余財産分配権(普通株式を有する株主に先立って分配を受け取ることができる権利)で、投資家は元本の1倍は回収することができるので、スタートアップが望むバリュエーション(評価額)でも出資しやすくなりますね。
尾西:優先株式の内容もそうですが、契約書の内容も理解しようとされない方も多い気がしています。
特に株主間契約書は専門家以外の人にとっては読みにくい内容も含まれていますが、会社の運命を決める可能性がある一番重要な契約と言っても良いと思います。
外部の専門家や社内の担当者に任せるのも良いですが、経営者として契約書に何が書いてあるのか、将来発生する可能性があるかもしれないリスクには何があるのかなど、しっかり注意を払って、内容に違和感があるのであれば、理解するように努めて欲しいです。
事業展開において注意したい法律
横田:もう一点、私が気になるのは著作権ですね。
スタートアップの方に、書籍の内容をほとんど丸々使わせてください的なビジネスを提案されることがあるんですね。
そういう著作権を軽視するようなコミュニケーションをとってしまうと、出版社によっては怖がってお付き合いできないということもあると思うので、著作権については最低限の知識はしっかりと身につけておいた方が良いと思います。
尾西:私からはビジネスモデル構築における規制との付き合い方を挙げさせてください。
日々さまざまなリスクについてお話ししているのですが、たいていのリスクは最終的にはなんとか対応できるものだと思っています。しかし、ビジネスモデルが法律に違反している場合は取り返しがつかないことが多いです。
資金調達をして、ある程度事業が成長した後にビジネスモデルが違法だったと判明した事例もあります。ビジネスモデルを変えて0からやり直すのか、今のビジネスモデルを一定維持しながら、当局とコミュニケーションを取りながら適法性のある事業展開方法を模索するのか、どちらの場合においても対応コストを含めビジネスに与える影響は非常に大きいです。
初期の段階では費用と時間をかけて調査をすることに前向きになれない起業家も多いと思います。しかし、引き返せない段階で問題が顕在化するとダメージはさらに大きくなります。特にロビイングが必要となるようなビジネスモデルの場合はなおさら早い段階から取り組んでいかないといけません。
下平:最近だとライドシェアなどはまさにその例に当てはまりますよね。このような領域ではロビイングが必要で絶対に間違えられないので、弁護士費用も結構かかると思うのですが、資金のない起業家はどうすれば良いでしょうか?
尾西:一口に弁護士と言っても報酬については様々な考えの人がいるので、弁護士と相談しながら、柔軟な対応をしてもらうように交渉していくことになると思います。
IPOに向けた内部統制への対応
尾西:内部統制といえばコーポレートガバナンスですね。
少し前まではIPOのために一時的に対応する企業も多く、IPO後を見据えた検討が十分にできていない会社が多かった印象です。最近では自社の組織を企業価値の向上につながる体制に変えたい、そのための仲間を見つけたいという観点のもと、早い段階から相談に来られる起業家が増えていて、非常に良いことだなと思っています。
下平:私からは資金の管理方法の観点から内部統制について説明させてください。
公にはなっていないものの、経営幹部による横領の話は頻繁に聞きます。N-3期(上場申請の3期前)以降で監査法人が入っている企業は適切に預金口座が管理されていますが、狙われやすいのは創業期〜シリーズB位のタイミング、つまり監査法人が入ってないタイミングです。
信頼していた右腕の役員が横領するケースもあるので、資金管理のような大きなリスクのある部分は決して丸投げをせず、起業家自らで取り組むべきです。
具体的には、大きい金額の預金口座は振込手続き等を二重承認できる銀行で口座開設することをおすすめします。
振込手続きする人と承認する人でアカウントを分けてしっかりと内容を確認し、振り込みの証拠も保存しておきましょう。ここまですれば、たいていの横領リスクは回避することができると思います。
横田:最後に労務管理とハラスメントの話をさせてください。
創業直後にハラスメントに近いことをしてしまい、上場が近づくにつれてそれが明るみに出ることを心配している方が増えている印象です。ハラスメントが発覚してしまうと、その対応に追われて上場が遅れてしまう可能性が高いですよね。
下平:特にセクハラが問題ですね。ただ、上場申請から上場承認までの1か月の期間はそれまでの膿を出し切る期間という捉え方もできると思いますが、尾西さんどう思われますか?
尾西:ハラスメントに関しては、組織の文化や経営陣の資質に深く根付いているため、すぐには対応できないことが多い印象です。ハラスメントの問題が出てしまうと、経営陣のマインドセットが変わったのか、モニタリングの体制がしっかり整っているのかなど、深いところまでチェックされることになりますので、会社にはかなり長くダメージを与えることになると思います。
下平:労務管理では経営者に雇用と業務委託の違いについてのリテラシーを身に付けてほしいと思います。個人的にここのセンスは経営力に直結すると思うので重要視しています。創業期は刻一刻と変わる需要環境の中で、契約解除が難しい雇用という選択肢を採るのはお互いに不幸になるケースも多く、業務委託契約でプロの方の知見を借りることも必要だと思います。
ここで留意頂きたいのが、指揮命令で何の裁量もなく仕事を整合性なく依頼すると、偽装請負という形で実質雇用契約であると評価されかねないということです。ここは結構グレーで、明確にこのやり方は大丈夫でこれはダメっていうのは決まっていません。尾西さん、偽装請負で違法性があって裁判になった事例もありますよね?
尾西:例えば、業務委託でお願いしていた方と関係性が悪くなった後で、その方から実質的に雇用だったと主張された事例がありますね。似たような事例も過去にたくさん見てきたので、適切に理解しておくべきことですね。
長野県出身。弁護士として法律事務所で勤務後、LINE株式会社(現:LINEヤフー株式会社)にて社内弁護士やAI領域の新規事業開発に従事。2017年に株式会社ドリームインキュベータの投資部門に参画。 同社でベンチャーキャピタル「DIMENSION」を立ち上げ、スタートアップへの出資、支援に従事。出資先9社がエグジット。過去出資先:AnyMindGroup、五常アンドカンパニー、サスメド、ハッカズーク、LegalOnTechnologies等。その後、ベンチャーキャピタル「ON&BOARD」を創業。
下平 将人の記事一覧へ