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事業創造

説得力ある事業計画を描く:人口動態からの市場分析と戦略設計

新規事業を立ち上げる際、市場規模の大きさを起点に仮説を立てることが多いでしょう。

しかし、目の前の市場だけを見て進めてしまうと、社会全体の構造変化、特に人口動態を見落とし、実現不可能な事業計画になってしまう可能性があります。

人口構造の変化を事業計画にどう落とし込むべきなのか。toC、toBそれぞれの事業において重要なポイントを整理しました。

目次

・人口動態を踏まえたTAMの算出

・LTVの前提:どの財布と競合しているのか

・toCビジネス攻略のポイント

・toBビジネス攻略のポイント

人口動態を踏まえたTAMの算出

市場規模、TAM(獲得可能な最大市場規模)を見積もる際には、「対象となる顧客数 × 顧客あたりの年間支出額(取引単価)」というシンプルな計算が一般的でしょう。まずは国勢調査などの一次統計で、地域×年齢の実数を確認します。次に、各省庁の研究会・検討会資料や業界団体レポートで課題を特定し、会計事務所・会計SaaSが公表する業種別KPI(売上・利益・倒産・承継)を重ねると、「マクロでは伸びるのに、ミクロで動かない理由」が見えてきます。ここにビジネスチャンスが眠っています。

ただし、その顧客数を過去の延長線上で見積もってしまうと、将来の市場構造の変化を見落とすリスクがあります。

たとえば、少子高齢化が進行する日本においては、年齢別人口構成や地域ごとの人口分布に大きな変化が生じつつあります。こうした人口動態のシフトを踏まえずにTAMを見積もると、現実よりも過大な市場を想定してしまいます。

初期の市場仮説を立てる段階から、年齢層ごとの需要の伸び縮みや、地域間の人口流動、さらには所得階層の変化といった要素を織り込むことが重要です。そうすることで市場成長の前提がより現実的かつ構造的になり、投資家やステークホルダーに対して説得力のあるストーリーを示すことができます。

Unsplash/Lukas Blazek

LTVの前提:どの財布と競合しているのか

プロダクトのLTV(顧客生涯価値)を現実的に見積もるには、ユーザーの可処分所得、企業の予算の中で、自社サービスが「何と競合しているか」を明確に把握することが欠かせません。

たとえばtoCサービスでは、顧客が自由に使える「ひと月の○万円」といった可処分所得の中から選ばれる存在であると同時に、1日24時間のうち「どれだけ時間を割いてもらえるか」という可処分時間の争奪戦にもさらされています。

この「競合する財布の中身」を見誤ると、LTVの見積もりが甘くなり、単価・継続率・広告投資回収のシナリオが大きく崩れるリスクがあります。

だからこそ、プロダクトを設計する初期段階から、以下のような視点を持つことが重要です。

・ユーザーは何をきっかけにお金を払うのか(利用動機)

・なぜ継続しなくなるのか(離脱理由)

・もし自社サービスがなければ何を使うのか(代替手段)

このように「同じ財布を奪い合う構図」を解像度高く捉えることで、価格設定・課金タイミング・無料トライアルの長さ・リテンション施策といったあらゆる要素の最適化につながります。

表面的なKPIだけでなく、ユーザーの財布の中の“順位”で自社が何番目に選ばれるかを想像できること。それが、持続的にLTVを高める戦略の出発点となります。

toCビジネス攻略のポイント

新しいサービスやプロダクトは、一般に若年層から火がつきやすいとされています。この傾向は確かに存在しますが、日本では若年人口の母数は年々縮小しています。たとえ高いエンゲージメントが得られたとしても、市場規模が小さければマーケティング投資を回収できず、事業の成長が頭打ちになるリスクがあります。

そこで鍵になるのが、「誰にどれくらいの単価で提供し、どれだけのLTV(顧客生涯価値)を見込めるか」ということです。ペルソナの設定やUI/UX、価格設計にもこの観点を反映させることで、顧客基盤の広がりと収益性の両立が可能になります。

40〜50代のように、可処分所得が比較的高い上、人口ボリュームも大きい層を初期から想定してプロダクトを設計することは、安定したLTVを実現するうえで有効な選択肢となります。

もちろん、若年層とミドル層では求められる体験や価値が異なるため、同じプロダクトで両方を狙うのは困難です。だからこそ、「誰を狙うべきか」を人口動態などのマクロ視点から冷静に見極めることが、持続可能なtoCビジネスをつくる第一歩となります。

toBビジネス攻略のポイント

物流・建設・介護などの業界は、需要に対して人手不足で供給が追いつかないという構造的な課題を抱えています。少子高齢化や人材不足、現場の高齢化といった背景も相まって、いわゆる「供給制約産業」は今後ますます拡大していくと見られています。

Unsplash/Arno Senoner

こうした領域では、現場が逼迫しているからこそ「今すぐ使える」「わかりやすく結果が出る」テクノロジーが強く求められているのが実情です。現場担当者が「このままでは回らない」と危機感を持っているケースも多く、SaaSや業務支援ツールの導入ハードルが下がりやすいのも特徴です。

特に有効なのが、面倒で放置されがちな業務の隙間をテクノロジーで埋めるアプローチです。こうした業務を現場の負担なく、いかに仕組み化できるかどうかが導入の鍵です。現場主導の業務フローにフィットしないプロダクトは、どれだけ優れたUIや機能を持っていても、定着せずに終わってしまいます。

(具体例)

・配車管理: Excelやホワイトボードで属人的に管理されているケースが多く、最適化余地が大きい

・人員配置: シフトの調整や有資格者の稼働確保など、現場負担が大きい

・安全管理: 書類やチェックリストに頼っており、記録・追跡性が弱い

・請求・回収: 手作業・FAX・郵送ベースが残るなど、非効率な体制が根強い

このため、プロダクトに求められるのは「理想の効率化」ではなく、「現実に根ざした省力化」です。SaaSとしての完成度だけでなく、導入支援やカスタマーサクセスの“泥臭さ”も含めて勝ち筋がつくられる点は、他のtoB領域とはやや異なる設計思想が求められます。

裏を返せば、現場課題に真摯に向き合い、プロダクトと組織を地に足ついた形で進化させていけるチームには、大きな勝機がある領域でもあります。

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市場規模を見るうえで、人口動態という視点はしばしば見落とされがちです。しかし、どれだけ良いプロダクトでも、使う人が減っていく市場では勝ち続けることはできません。

本稿で紹介したTAMの算出、LTVの現実的な見立て、toC・toBそれぞれの攻略ポイントは、いずれも人口構造の変化を正しく読み解くことから始まります。

事業を立ち上げるとき、目先のニーズだけでなく、「誰が、どこに、どれだけいるのか」という土台から逆算して戦略を描くことが、長く選ばれるプロダクトを生み出す第一歩となるでしょう。